東京工業大学が田町キャンパス内で運営するインキュベーションオフィス「INDEST」。INDESTでは、“世界を変える大学発スタートアップを育てる”というコンセプトのもと、現在様々なイベントを開催しております。
中でも学生に人気なのが、東工大若手起業家のワーク/ライフについてカジュアルに語り合う【INDEST学生カフェ_東工大若手起業家と語ろう!シリーズ】。第1回(2023年12月8日開催)は、株式会社スパイスエンジン代表取締役/本学工学院情報通信系助教の神宮司明良さんをゲストにお迎えし、東工大の起業/ビジネスコミュニティ「Science Tokyo Biz」コミュニティーマネージャー/本学生命理工学院修士2年の滝隼輔さんをナビゲーターに、お話をうかがいました。
滝さん まず、現在の株式会社スパイスエンジンでの事業について教えてください。
神宮司さん 研究テーマであった“世界一速いAI基盤の創出”を目指し、2022年5月に起業しました。
AI時代における計算力の課題(AIが求める計算量と実際のコンピューターの計算能力のギャップ)を克服すべく、独自のFPGA(Field Programmable Gate Array:製造後も、設計者が内部の処理内容を自由に変更できるデバイス)を開発しています。この自社FPGAは、既存製品に比べて、速度、処理能力、省電力、使いやすさが大幅に改善され、GPUよりも21倍速いAIの実行を実現しています。ユーザー全員が、最速かつ自由に推論や学習を行える未来を目指しています。
滝さん 素晴らしい技術ですね。今ホットなAI市場ですが、競合他社と比べての強みは何でしょうか。
神宮司さん スパイスエンジンは“AIモデルの圧縮”に注力しています。90%の無駄なパラメーターを削減し、そのまま圧縮されたファイルを扱う独自のアプローチです。また、将来に向けて持続可能な圧縮技術の開発も積極的に取り組んでいます。他社と開発で協力関係を築くこともあり、共通化と差別化の両面を意識しています。
滝さん スパイスエンジンのFPGAを用いたユースケースは、現在どんなものを想定されていますか。
神宮司さん 想定しているのは、手のひらサイズで動き、携帯GPSで動くサイズのFPGA。具体的な例としては、ドローンを使用したビルの外観検査自動化のプロジェクト等が挙げられます。ここで使用されるFPGAは、低消費電力ゆえ飛行時間を延長でき、処理速度が速いため、多発するドローン画像のブレに影響されずに異常検知が可能です。クライアントが開発したAIを圧縮化して高速化することに特化しています。
滝さん ありがとうございます。次は、神宮司さんご本人についてお伺いしたいです。東工大入学から今までの経歴について教えてください。
神宮司さん 2013年4月に本学工学院 情報工学科へ入学、研究室は、当時本学准教授でベンチャーも起業されている中原 啓貴先生にお世話になりました。卒業後、一旦WEBベンチャーに就職し、1年半後に修士・博士課程でまた中原研究室に戻ってきました。2022年4月からは、工学院 情報通信系 高橋研究室で助教をつとめています。助教着任後に、株式会社スパイスエンジンを創業しました。
滝さん 大学院進学が9割と言われる東工大。学部卒業後、一旦立ち止まって就活をしてみよう、とされたのがすごいと思います。どうしてですか?
神宮司さん いえいえ、目の前にあるそんなに難しくなさそうな選択肢から吟味しただけです(笑)。
当時は、大学院に進学するかどうかを決めるタイミング(研究室配属決定:学部4 年生)よりも、就職活動が始まる方が早かった。本格的に研究したこともないのに、その後研究を続けたいかどうか、などわからなかったし、当時は大学院にどうしても進学したい、という理由が見つからなかったので、一旦就職することに決めました。
滝さん 就職されてからはどんなお仕事をされていたのですか。
神宮司さん WEBベンチャーにエンジニアとして採用されました。業務は多岐にわたっていて、沢山のことを勉強できましたが、難しいプログラム言語を使用してじっくり開発を進めるというスピード感ではなかった。そのうち研究志向が強まり、1年半ほど働いた後に大学院へ進学しました。
滝さん 起業のきっかけを教えて下さい。元々、起業志向をお持ちだったのでしょうか。
神宮司さん 起業など全く考えていなかったのですが、当時の指導教員の中原先生が、起業に取り組む様子をずっと傍で見ていました。毎日大変ご苦労されながらも、なぜか楽しそうな様子で(笑)。その頃、本学の起業支援プログラムで実践型起業塾「STARTech」第2期生の募集があり、参加しました。当時の、本プログラムのメンターにご指導いただき、ビジネスプランが具体化してくる中で、起業しない手はないな! と、思い始めたのです。
滝さん 起業されたのが2022年5月、助教になられてすぐの頃ですよね?研究者と経営者の2足の草鞋を履くのは、大変ではないでしょうか?
神宮司さん 確かに両立させるのは、大変です。バックオフィス以外の開発と営業担当が自分1人しかいないので、余暇を100%研究には充てられない。自分は、同世代の研究者のように、寝る間を惜しんで研究して成果を出す、ということができないジレンマはあります。
滝さん 他方で、研究と経営を両立させるメリットとは何でしょうか。
神宮司さん 東工大助教という肩書は、東工大発ベンチャー称号認定を受けていることもあり、確実に会社の信頼性につながっています。起業後1年半で、自分から積極的に営業したのは数社。後は、クライアント側からお問合せを頂く場合がほとんどです。信頼性で言えば、東工大学生起業家達は誰しも同じような経験があるはず。東工大発ベンチャー称号も、メリットは大きいです。
滝さん 今後の展望を教えてください。
神宮司さん 研究者として高みを目指しつつ、研究アイディアで起業するエコシステムを構築し、学生達のアイディアをビジネスにつなげる環境を提供していきたいです。将来自分が研究室を持つ頃には、今のこの起業経験を学生達の指導にいかしたいと思っています。
滝さん 確かに、一番身近な研究室の先生がやっているから、自分も起業してみよう!という循環は素晴らしいですよね。各分野でそういう先生が出てくると、東工大全体が盛り上がると思います。最後に、学生達へのメッセージをお願いします。
神宮司さん 様々な選択の岐路に立った時、“流される”のもわるくない。流れに逆らわず、大変そうに感じても自分が心から楽しいと感じる選択をすることが、何より重要だと思います。
滝さん 素敵なお話をありがとうございました。楽しい方を選ぶことができる、その選択肢があるのは、とても恵まれている環境だと実感しています。東工大はそういう意味で、研究を筆頭に、興味あることをどんどん伸ばしていける環境だと思います。学生の皆さんも、一緒に可能性を広げていきましょう!
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上記は、取材時2023年12月時点のものです