【ブレイクスルーの扉】「人生を賭けるものに出会う」vivola株式会社 代表取締役CEO 角田夕香里 氏

第6回は、会社員とフリーランスの経験を経て起業し、必要とする人がより適切な不妊治療を選べるサービスを提供するvivola株式会社 代表取締役CEO角田夕香里さんに話を伺います。角田さんの取り組みは、事業を通じた社会課題の解決そのものです。

起業は2020年ですね。いつごろから考えていたのですか。

新卒で入ったソニーで5年ほど研究開発を経験した後、社内ベンチャー制度を使って事業の立ち上げを経験しました。学生時代から楽しんできた仮説検証のサイクルをビジネスに繋げる面白さをまた実感したいと思いつつ、もっと色々な事業も経験したほうがいいと思い、ソニーを退社後にフリーランスとして新規事業立ち上げのコンサルティングを仕事にしていました。コンサルティングも面白い仕事でしたが、プレイヤーになりたいという思いは強くなる一方でした。

起業すればたくさんの時間を注ぎ、リスクも背負うことになります。よほど「これをやりたい」と思うものを見つけなければ起業はできないと考えていた時に、「これなら後半の人生を賭けてもいい」と思えるものに出会えました。

フリーで働きながら、私は不妊治療を受けていました。会社員時代、男性の同僚がどんどんと親になっていくのを見て、女性である私は彼らと同じように朝8時前から終電まで働いているだけでは親にはなれないかもしれないと気づいていました。病院の予約はいつも18時半。仕事を終えてから向かうためです。流産も死産も経験しました。死産のときには「やっぱり子どもがほしい」と改めて感じましたし、「この問題は自分の力を使って解決したい」「だから起業したい」というドライブが働きました。

どのような問題を解決したいと思われたのですか。

不妊治療は2022年4月に保険適用になりましたが、私の頃は全額自費負担でした。とてもお金がかかります。時間もかかります。ネットで治療が長期化している方の話を読むと怖くもなりましたが、徐々に、最適な医療機関にアクセスできないことも長期化の要因だなと気づきました。医療機関の中には、内膜症や筋腫など、不妊の原因と思われる疾患がない患者に対しては「年齢の問題です」で止まってしまうところもあるのです。私が不妊治療を始めたのは33歳くらいの時でしたが、そうした医療機関で無駄な時間を使ってしまわないよう、客観的な情報に基づいて戦略的に医療機関を選び、適切な対応をしてくれる医師に巡り合いたいと思いましたし、同じ思いを抱いている人は多いとも思いました。

その頃のビジネスプランを教えてください。

一人ひとりがそれぞれに適した治療法や医療機関とつながるための、アプリの提供です。ただ、やってみてわかったのは、医療の分野は法規制が厳しく「あなたにはこの治療法が適しています」といったマッチングができません。また、こうした情報提供によるマネタイズは非常に難しいという実態もわかりました。そこで現在はアプリでは「あなたと似た状況の方はこの治療法で成功しました」というファクトを提供し、これとは別に、医療機関向けにもサービスを提供しています。具体的には、データ解析サービス、遠隔地の医療機関で働く医師と専門医とをつなぐサービス、そして、専門性の高い情報提供サービスです。

何を変えたら妊娠・出産にまでつながったのかといったデータは各医療機関で保管されていて、あまり分析もされていないことも発見でした。しかし、これらの分散しているデータをまとめて解析すれば、科学的に成功率を高められるはずです。今、体外受精が出産まで結びつく割合は、35歳前後で20%程度、40歳を超えると10%を切ります。客観的なデータに基づいて一人ひとりが最適な治療を受けられれば成功率も上がり、治療の長期化も防げるはずです。

成功率の向上は不妊治療による収益を減らすことになるので、医療機関からは喜ばれないという指摘も受けていました。ただ、その点は後で考えればいいと思って、まずは会社をつくること、そしてその前に、ビジネスコンテスト(第3回日経ソーシャルビジネスコンテスト)に応募しました。他の出場者はすでに具体的なビジネスを進めている方ばかりでしたが、優秀賞に選んでいただきました。

そのタイミングでコンテストに応募したのはなぜですか。

このアイデアが世の中にはどう映るのか、可能性があると判断されるのかを確かめてみたかったからです。これまでも多くのビジネスをご覧になってきた審査員の方の目にはどう見えるのか、きっと厳しい質問もされるだろうけれど、どこを突っ込まれるのかを知りたかったですし、もしも賞をいただければ、仲間集めもしやすくなると思いました。実際に、現在の医療顧問(齊藤英和氏)とはこのコンテストをきっかけに縁ができましたし、メンターの方とも出会えました。

CTOの鈴木智之氏とはどこで出会ったのですか。

鈴木は、フリーでコンサルティングをしていたときのクライアント企業で、データ解析チームをリードするエンジニアでした。単にデータ解析ができるだけでなく、コンピュータサイエンスの博士号も持っており、数学の原理原則のところからわかりやすく説明をしてくれます。最初は、週に1度のペースで専門的なアドバイスを貰い、また、実際の業務も手伝ってもらって、その上でCTOを打診をしたら受けてくれました。彼ならどんなデータも解析できて、どんな会社の成長にも貢献できるでしょう。でも私の話を何度も聞き、この問題の解決はダイレクトに社会課題の解決につながると理解し、そこに意義を感じてくれたのだと思います。

医療従事者という専門家とはどのように信頼関係を構築していますか。

日常的に論文を読み、学会にはブースを出しています。ブースは社員に任せつつも自分は聴講することで、先生方の研究内容を理解し、会話ができるようにと準備しています。

それから、患者さんへインタビューを重ね定期的にアンケートも行っていますし、開催するセミナーでも色々なご意見をいただいています。そうした患者さんとの接点という機能も提供できていると思います。

不妊治療の周辺には様々なビジネスがあり、中には、客観的な根拠に欠けていても「こうすれば妊娠できます」と断定するサービスもあります。そうした中で私たちは、常に客観性のあるファクトを、患者さんの利用料は無料のアプリを通じて提供し、コンプレックスを刺激するような広告は掲載することなく愚直に向き合い、医療機関や自治体にもニーズを還元しています。先生方からは「あなたたちはお金儲けではやっていないよね」「もっとお金を取りなさいよ」と言われることもあります。ただ、これはテクノロジーのど真ん中でやっていた会社員時代にも感じていたことですが、素晴らしいものなら世の中に受け入れられるとも思っています。

今後はどのようにビジネスを広げていきますか。

予防にも取り組みたいです。不妊の原因に子宮内膜症や子宮筋腫があります。これらは月経困難症に端を発することが多いです。けれど、月経困難症は疾患ではなく症状ですし、出産を意識していない世代では特に我慢する人が大勢います。そして「そろそろ子どもを」と思ったときに内膜症や筋腫で、不妊治療が難しいと初めてわかることが多いのです。外科治療が必要になることも珍しくありません。外科治療は妊孕率を下げてもしまいます。内膜症も筋腫ももし初期の段階で治療できていればこうしたことは避けられるので、「ちょっと体の様子がおかしいな」と思った時に最適な行動を選べるような、やはりデータに基づいた提案ができるようなサービスを考えています。

60代、70代の働く女性たちに話を伺うと、女性が当たり前には働けなかった時代に道をつくってきて下さったのだなと実感します。一方で私の世代の課題は、働くことは当たり前で、いかに働き、いかにプライベートも充実させるか、です。前の世代が課題をクリアするとまた別の課題が生まれ、それを次の世代が解決する。その繰り返しで、より良い世界が築かれてきました。私も、自分の世代の課題を次世代には残したくないと思っています。

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角田 夕香里(つのだゆかり)氏
vivola株式会社 代表取締役CEO
角田 夕香里 氏 / vivola株式会社 代表取締役CEO
2009年ソニー株式会社入社。R&Dにて機能性デバイス等の開発を経験した後、研究所の同僚と社内新規事業提案制度を活用してライフスタイル製品を立ち上げ。2016年退社後、フリーとして企業の新規事業立ち上げを伴走。自身も婦人科系疾患や不妊治療の経験を経て、患者が治療を体系的に理解するための形式知化、治療のデータエビデンスへのアクセシビリティに課題を感じ、2020年vivola株式会社設立。仕事への納得感、個人の自由な働き方を尊重すれば、組織としてのアウトプットは無限化すると信じている。東京工業大学大学院理工学研究科物質科学専攻修了、工学修士。
角田 夕香里 氏 / vivola株式会社 代表取締役CEO