第3回は、慣性特性の計測から企業間のマッチングまで、東工大発ベンチャー認定の4つもの企業を起こし経営する川口卓志さんに話を伺います。なぜ複数を経営しているのか? 経営をする上で大切にしていることは何か? それぞれの事業を通して実現したいことは何か? インタビューは、川口さんが経営する企業のひとつが運営する大岡山のカフェ&バー/サロン「toitoitoi」で行いました。
次はまだいいかなというのが率直なところです。技術の新しいスタンダードを世界的につくることは株式会社レゾニック・ジャパンで、人が出会う場、新しい文化を発信する場を創ることは株式会社ラプソドスで、1から製品化して量産化させていく経験は株式会社シグマエナジーで、それから、ベンチャーキャピタルの出資を得て、Jカーブを描いていくような経営は株式会社R&Dゲートで挑戦していきたいと思っています。今は、全く首が回っていませんが、ただ、少し落ち着いたらまたムラムラしてくるような気もします。
博士課程時代の共同研究者、ロバート・クレッパーが発明し東工大が特許を出願した技術をもとにした会社です。モノの運動は、重心の並進運動と重心回りの回転運動に分けることができます。それぞれ、ニュートンの運動方程式とオイラーの運動方程式によって原因と結果が紐づいていますが、その係数を慣性項と呼び、運動を規定する大変重要なパラメータです。慣性項は、質量と、重心の位置と、慣性テンソルから構成されています。運動の数値解析シミュレーション(原因と結果の連鎖)を行いたければ、この慣性項を把握しないといけないのですが、従来の技術では全ての慣性パラメータを精度よく同定することは困難でした。クレッパーはこの慣性項を構成する全パラメータは、6自由度の自由振動を計測することで同定することができることを発見し、その技術を特許にしました。彼は日本では魅力的な創業支援がなかったので、その後、帰国して母国ドイツでResonic GmbHを起業し、日本では、私が学位取得後に株式会社レゾニック・ジャパンを起業しました。当時、ちょうどモデルベース開発などが流行し始め、また宇宙関連ビジネスが勃興し始めた時期で、その機運に乗じて事業も軌道に乗せることができ、今では世界20か国以上の国々に顧客がいるグローバルなニッチトップ企業に成長することができました。ただ、この事業は、創業がもう3年早くても遅くても軌道に乗らなかったと思います。
大岡山キャンパス近くでサロン『toitoitoi』を運営するラプソドス(2015年創業)、スタートアップのマッチングサービスを提供するR&Dゲート(2019年創業)については、今は実務をほぼ他の人に任せています。
シグマエナジー(2018年創業)は、恩師である嶋田先生(嶋田隆一東工大名誉教授)が発明した技術をもとに起業しました。私は嶋田研で最後の博士課程の学生です。恩師の技術を社会に実装し、人の役に立つことで恩返しをしたいと思い創業しました。
学部卒業後は修士課程に進むことができず、日欧産業協力センターが主催するヴルカヌスプログラムに参加して、ドイツの企業で研修を受け、帰国後はその企業の日本法人で働いていましたが、リーマンショック後に仕事も給与も激減したこともあり、大学で学びなおしたい気持ちが強くなりました。
欧州で真っ青な空に真っ白な風力発電風車が悠々と回る風景が好きだったこともあり、風力発電の研究がしたいと思い、日本の大学でいくつか研究室を探しました。そのうちのひとつが東工大の嶋田先生の研究室でした。
修士課程に入学するつもりだったのですが、TOEICを受けていないため大学院試験を受験できないことが発覚します。それでも相談に乗ってくれた嶋田先生が「これまでの経歴が修士課程相当と認められれば、博士課程の学生として受け入れることができる」とアドバイスくださったので、手続きをし、迎え入れてもらいました。知的探求のために自由に時間を使えるのは最高だと思いました。
東工大での博士課程を終えて思うのは、私を含め、博士課程への進学を選んだ人は多くの東工大生が歩む学部から修士、そして就職というコースから外れた人なんだなということです。その分、生涯収入や社会的地位のような一般的な尺度とは別の価値基準を持っていると思っています。
数学と物理しかできなかったからです。入学してみると、何かできることがあれば、その他できないことや欠ける部分があっても堂々としていられる場所で、私にはそれがとても寛容に思われました。
機械科学科を選んだのは、機械が好きだったからです。今では、機械も電気も事業として携わっていますが、やってみないと分からない機械と、ほぼシミュレーション通りになる電気とでは、前者の方が性に合っていました。
高校生の頃は数学と物理が好きでした。正解にたどり着けさえすれば手段を規定されず、自由に考えてよいのは、ベンチャー経営とで似ているところかもしれません。人文系の科目も好きでしたが、成績は全然ダメでした。答えは人それぞれでもよいはずなのに、自分が考えた答えにイチャモンをつけられるのがとにかく嫌でした。今は考えを改めていますが。
どれも「これには価値があるから世の中に提案したい」と思って起業しました。レゾニックについてはこれまではなかった技術を世界のスタンダードにしたい、シグマエナジーについては恩師の技術を社会に浸透させ、人の役に立ちたい、またそんなに簡単には達成できなさそうなものに挑戦したい、という思いが強くありました。前職で働いていたときに痛感しましたが、個人の欲望と組織の欲望には多々、ミスマッチがあり、自分の価値基準を外側において自己実現するのは難しいと感じていました。
起業にあたっては、3人で始めることを基本としています。2人では議論が喧嘩になってしまうこともありますが、もう1人いればその議論も客観的に見ることができるし、議論が立体的になります。一緒に始める人は、それぞれ性格が異なる人が多いです。性格が異なると観点も異なりますので、全員が意気投合ということはなかなか生じないので悶々としますが、より大きな失敗が少なくなるように感じています。また、お互いの性格の違いや、意見の不一致に寛容になること、この「違い」のために自分が必要とされていること、それらの違いを止揚して前向きな合意形成ができることが大事だと思います。
辛いと思うときは、事業が思うようにいかず、自分が信じた価値に疑念が生じる時です。そもそも、周りの人からはうまくいかないと高を括られながら始めることがほとんどなので、その通りになってしまうことが悔しいやら残念やらで、たまりません。そんな思いと、「うまくいくまで続ければ、きっとうまくいく」という循環論法で己をごまかし、結局ずっと辞められません。
例えば、ラプソドスは「一人20万円ずつ出資して、自分たちのカフェをつくろう」という、お酒の席での私の言葉に対して、本当に20万円持ってきた友人がいたことで動き出しています。額面以上の期待や夢を託してくれた友人たちのことを思うと、絶対にやめたくないです。私は10代の頃から“3U(ウザい、うるさい、胡散臭い)”と言われていて、確かにそう思われる節もあるかもしれません。ただ、言ったことを形にしなければ、何を言っても話を聴いてもらえなくなるのが怖くて、切迫感を持つようになりました。
私は、自身の企業を通じた活動が世界の平和や人類の福利に資するようにしていきたいと思っていますし、それが企業活動の羅針盤です。そのために実現したい一つが、恩師の嶋田先生が講義の最終ページでよく示してくれたスーパーグリッド(世界電力網構想)です。世界平和はパワーバランスではなく相互依存で達成される、その関係は、国家間の電力の融通で構築できるという先生の話に心から共感し、いつかはその一端を担えればと思っています。また人間性を基軸にした学芸の復興です。それがカフェという場所からユーモアを交えて発信し、文化を興すことができるようにしていきたいです。もちろん、経済的な現実にもしっかりと向き合いながらですが(笑)。ベンチャーとは、新しい価値を顕在化させ浸透させていくプロセスです。そのプロセスでの判断にあたっては、私利ではなく普遍的な価値を基準にしたほうがブレません。
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上記は、取材時2023年12月時点のものです