【ブレイクスルーの扉】「“生きたロボット”を作る基盤技術」東京工業大学 情報理工学院 助教 / (株)ダッシュマテリアルズ 取締役CTO 浜田 省吾 氏

第4回は、東工大の助教として創業したスタートアップ、株式会社ダッシュマテリアルズ CTOを兼任する浜田省吾さんに話を聞きました。これで創業したいと思えるテクノロジーにはどのように出会うのか、目の前の研究をどのように社会課題の解決につなげるのか、お話はヒントに満ちています。

東工大の助教でありながら、ダッシュマテリアルズを創業され、CTOとしても活動しています。なぜ起業したのですか。

ずっと研究畑で、起業とは縁遠い人生を歩んできました。ただ、面白いと思って取り組んでいた「分子ロボティクス」という分野でダッシュと名付けた新しい技術をつくることができ、今、ダッシュマテリアルズが取り組んでいるような核酸の検出などへの応用ができるのではないかというアイデアが生まれました。2017年頃です。
ただ、分子ロボティクスはまだまだ新しく、多くの投資家や企業にとって馴染みのない存在です。ダッシュという技術とその核酸検出への応用はコーネル大学にいた時に開発したものですが、この面白くポテンシャルもある応用を実現するために外部から資金を得ようと模索しても、当時は新しいその場核酸検出手法の必要性・重要性が十分に伝わらず、「PCRが既にあるじゃないの」と門前払いされることもありました。そうこうしているうちに、新型コロナウイルスが流行し始めました。自分たちの技術が実用化できれば今まさに困っている方を助けることができると思い、だったら自分達で始めてしまおうと動いたという流れです。

ダッシュとはどのような技術で、どのようにたどり着いたのですか。

東工大での博士課程を終えて東北大学へ助教として着任し、その頃に始まった新学術領域「分子ロボティクス」で私は「スライム班」という、スライム型の分子ロボットを作る一員として活動することになりました。ちょうど、私が研究しているDNAナノテクノロジーが分子ロボティクスへと発展する時期でした。しかしながら、その頃はまだ、DNAナノテクでスケールの壁を超えて「スライム」を作る肝心の技術がまだ確立していませんでした。

分子という小さなモノを作り、さらにそれらを組み合わせて、最終的に目で見えるくらいにまで大きなロボットにするのは大変です。そこで注目したのが“DNA物理ゲル”という当時まだ目新しかった技術です。私達は、DNAポリメラーゼと呼ばれる酵素を使うことで、環状のテンプレートから繰り返し配列を持った長いDNAを合成し、互いに絡みくっつくことで勝手にゲル(ゼリー状の固化状態)になる、という方法を見出しました。小さな種となる分子や酵素を最初に混ぜて置いておくだけで、触れるくらいの大きさにまで成長するという、まさにスケールの壁を超えられる方法です。この反応を、マイクロ流体デバイスと呼ばれる細い水路の中に流しながら行えば、目で見えるサイズをつくることができるのです。また、異なる種類の酵素を使うことで、生成したパターンを動的に壊すこともできます。つまり、この分子レベルからDNAでできた材料を階層的かつ動的に作る技術が“ダッシュ(DASH)”なのです。生き物は自分の身体を維持するために、外から素材やエネルギーを取り込んで古いものを捨てているわけですが、この概念は人工的にDNAを使って実装した“人工代謝系”と言えます。この人工代謝系は、成長して維持し、朽ちるような、“生きたロボット“をつくる基盤技術です。それだけではなく、この生き物特有の代謝という特徴を人工物で実現できるこの技術を、ロボット以外にも使えるのではないかと思い、核酸検出に利用することにしたのです。

核酸の検出方法としては、現在の基準とも言えるPCR、それから抗原定性検査などが代表的な技術として現在広く使われています。PCRは検出の精度は高いですが、検体を採取しPCRセンターのようなところへ送り、結果が出るのを待つ必要があるなど、まだまだ手間と時間がかかるのが現状です。一方の抗原検査は簡単ですが、特に感度に課題があります。ダッシュ核酸検出法は、そのちょうど間、誰もがその場で素早く簡単に、室温で、高い精度で核酸を検出できる手法となります。ダッシュの動的にスケールを超えてパターンを作り出す特徴を活かし、これを核酸の増幅と可視化手法として利用したというわけです。

ダッシュという技術へたどり着くまではどのようなキャリアを歩んできましたか。

東工大へはロボットの研究がしたくて入りました。金属加工やはんだ付けなどもしながら機械のロボットを作る、学内のロボコンの授業にも参加しています。その頃から、変わったロボット、もっと生き物みたいなロボットを作ってみたいと思っていました。生き物とロボットは何が違うのかというと、まず材料が違います。違う材料を使っているからこそ、得られる特徴も違ってくる。であれば、生き物と同じ材料でロボットを作ってみたい。こんなことを、おそらく授業を受けながら考えていたのだと思います。

その頃に、DNAナノテクノロジーという、DNAで人工的なデバイスやシステムを作る分野が立ち上がろうとしていること、東工大では村田智先生(当時、現 東北大学教授)が始められたことを知りました。生き物と同じ材料でロボットが作れそうです。生体分子を使ったものづくりへ一歩足を踏み出してみました。合成生物学のロボコンでまずは生物学の基礎的な内容を学びつつ、DNAナノテク(構造DNAナノテクノロジー)の研究をはじめ、その後、村田先生が東北大へ移られるタイミングで私も一緒に東北大へ移りました。一般的な就職をすること、博士課程を修了するときに研究を辞めることは考えられませんでした。この分野が広がっていくこと、もっと面白くなることは間違いないと根拠なく感じていたからです。

分子ロボティクスでスライム班の一員になったのはお話したとおりです。スライムを作るために読んだ論文のひとつが、まさにDNA物理ゲルについてのアメリカのコーネル大学のもので、これは面白い、と連絡を取ってみました。まずは講義などがない夏の間だけ現地に赴き勉強させてもらい、運よく、その後は本格的にコーネル大学へ籍を移します。コーネルには約7年、ポスドクと教員という形で所属し、その間にダッシュを開発しました。

コーネル大学ではたびたび「だから何?(So what?)」という質問を投げかけられました。それまでの私は技術偏重と言いますか、なにか面白いものをつくりたいという気持ちばかりが強かったのですが「だから何?」と問われることで、つくったものの面白さをどう活かし、どのように人々の役に立てたら良いのかまで真剣に考えなければならないなと思うようになりました。

大学教員とCTO、それぞれ取り組んでみていかがですか。

自分にとっての基礎研究の動機づけは「面白いものを作りたい」ですが、企業活動となると目的やクリアしなければならない課題も明確です。基礎研究と正反対なマインドセットには新鮮味を感じています。ただ、研究と事業が全く別のものとも思っていません。私にとっては、片方で新しいタネを試行錯誤しながら見出し(研究)、もう片方でそれを元にした具体的な課題解決に取り組む(事業)という両輪で進めることが、相互に良い影響を与え合っていると思います。

ただ、根はきっと研究者です。何かをブラッシュアップするよりは新しいものを考え出してそれを応用にもつなげていくことが、私には向いていると感じています。

今後はどのようにダッシュの適用分野を広げていきますか。

ダッシュによる核酸検出は、医療分野以外でも、漁業、農業、畜産、食や環境など、様々な分野の現場で使える手法です。たとえば、養殖の現場。現在は定期的に水産試験場などでウィルス検査をしているようですが、ダッシュを使えば現場ですぐ簡単に検出できますので、そのモニタリング頻度をあげ、即応できます。食品についても、出荷前だけでなく、レストランなどで調理の直前に検査をしてもすぐに安全性が確認できます。冷蔵物流システムがないような地域でも、便利に使えます。

我々は今、核酸検出というわかりやすいところから実用化していますが、ダッシュの本質は、生命が持つ“代謝”という特徴を持った人工物を作りだす基盤技術です。将来的には、生き物のように成長したり、自ら形を変え適応する材料など、様々な応用が考えられます。

母校に期待することはありますか。

私の場合は運良く、経営の経験があってCTOを引き受けてくれる人がみつかりました。経営と研究を上手くつなぐ仕組みが東工大にあれば、よりスムーズに技術を社会実装化することができるのではないかと思います。

キーワード

  • DNAナノテクノロジー
  • ライフサイエンス
  • 分子ロボティクス
浜田 省吾(はまだしょうご)氏
東京工業大学 情報理工学院 助教 / (株)ダッシュマテリアルズ 取締役CTO
浜田 省吾 氏 / 東京工業大学 情報理工学院 助教 / (株)ダッシュマテリアルズ 取締役CTO
東北大学助教(2011-2013)、米コーネル大学カブリ研究所Kavli Postdoctoral Fellow (2013-2016)、同生物・環境工学科Research Associate (2016-2020)および講師 (2018-2020、兼任)、東北大学工学研究科特任講師(研究)(2021-2023)を経て、2023年7月より現職。(株)ダッシュマテリアルズ取締役CTO(兼業)。
Web: www.nanoeng.net (研究室) www.dashmaterials.com(ダッシュマテリアルズ)
浜田 省吾 氏 / 東京工業大学 情報理工学院 助教 / (株)ダッシュマテリアルズ 取締役CTO