第2回は、学部在学中に現在の株式会社Libryを起業した後藤匠さんの登場です。Libryは、中高生に個別最適化が可能なデジタル教材を学校を通じて提供し、教員や学校には、デジタルで宿題の管理や学習状況の把握ができるサービスを提供しています。中高生が自分の成長を実感できる、データに基づいたフィードバックも好評だそうです。こうしたサービスの着想を得たのは受験勉強をしていた高校時代だったと後藤さんは言います。そのアイデアを起業に結びつけ続ける上で、どのような決断があったのかを伺いました。
いえ、起業は僕にとって縁遠いものでした。起業はいい意味でクレイジーな人がするものだと思っていましたし、IT社長、時代の寵児と言われる人たちは自分とは別世界の存在で、友だちに誘われて見た学生ビジネスコンテストでも「すごいな」と同時に「遠い人たちだな」と感じていました。
その気持ちが変わったのは、大学3年生だった2010年、高校時代の友人との忘年会でのことです。ちょうど、世の中でタブレットが使われるようになった時期でした。
そのとき僕は、受験勉強をしていた頃に自分が欲しかったサービスの話をしました。具体的には、間違った問題があればそれと似た問題を自動的に提案してくれるサービスです。そんな仕組みがあれば、もっと効率よく苦手な問題を克服できたはず、このサービスはみんな欲しがっているはず。そんな話をしたら、アイデアに共感し一緒にやってくれる仲間がみつかり、起業に至りました。
学生起業にリスクはありません。あるとすれば、時間をつくるために友達との飲み会を断るくらい。仮にうまくいかなかったとしても、学生起業経験者として就活で高く評価されるはず。そんな思いもありました。2011年のゴールデンウィーク明けに実際にサービスを準備し始め、実際に起業したのは修士1年になった2012年です。
最初に作ったのは、解答・解説付きの大学入試の過去問データベースのようなものです。高校や進学塾に売り込みに行くのですが、まともに取り合ってもらえません。構想は面白いものの、一介の大学生が書いた解答・解説には、大事な生徒たちの教材にするほどの信頼性がないというのです。そのとおりだなと思い、教科書や参考書、問題集を作っている出版社と提携しようと動き出すのですが、うまくいきませんでした。学生が運営している無名の会社には、そこまでの信用がないのだと痛感しました。
自称するだけでなく、周囲からも「しっかりした会社ですよ」と言ってもらう必要があると気付きました。『東工大発ベンチャー』の認定を受け、日本eラーニング大賞やNTTドコモが行っていた起業家支援プログラムでの様々な賞の受賞をきっかけにして、少しずつ道がひらけました。コンテストに出れば、書き方も知らなかった業務計画などもつくる必要があるので勉強になりますし、審査員からアドバイスも受けられます。
ただ、タブレットの世の中への普及は思っていたよりも遅く、これはどうしようもありませんでした。教育とは無関係の仕事で食いつなぎながら、子どもたちがタブレットを使って自分に合った学習をするという、いつになるかはわからないけれどやってくるのは確実な未来をひたすら待っていました。
この時期は辛かったです。いいものを作っているのに使われず、同じ時期に起業した人たちは「こんなに資金調達しました」「有名メディアで取材を受けました」と華やかな話題を提供しています。そんな中、僕らはただただ耐え続けるだけ。会社をたたむという選択肢が現実味を帯びてきました。
ちょうどこの頃に外資系コンサルティング会社の採用面接も順調に進んでいました。保険としてインターンも経験し就活もしていたのです。客観的に見て、結構強い“新卒カード”を持っているという自負もありました。
僕は中学時代には県のハンドボール代表に選ばれ、高校では全国大会に出て、現役で東工大に入り、体育会系のヨット部で主将を務めています。うまくいっていないとはいえ、学生起業もしています。新卒で就職しないというのは、そのカードを捨てるということです。Libryが鳴かず飛ばずで終わったら自分の社会的価値は喪失するのではと、恐怖でした。
でも、そのカードは使いませんでした。当時お世話になっていた起業家の先輩から「やりきったの?」と問われ、やりきっていないのが明確になったこと、共同創業者で数学の天才である中村さん(中村文明CTO)が就活せず院進もせず退路を断っていたこと、それから、高校生の僕が欲しかったサービスは、絶対にみんながほしいはずだという確信を否定できなかったからです。
僕らがやらなかったらどうなるか。10年後か20年後かはわからないけれど、必ずやってくる未来で、高校生の僕が欲しかったサービスに似たサービスを僕らではない誰かが生み、普及させ、教育を変えたと評価されるでしょう。その時に僕たちは「僕らは早すぎたよ」「僕らならもっといいものをつくれたのにな」と慰め合いながら酒を飲んでいるのか。全力でやりきれていない中で、そんな未来を迎えたくないと、全ての時間を起業に費やしてチャレンジする覚悟を決めました。
休学をしてLibryに集中しました。サービスの改善を進めながら、2016年頃にやっと一般的な高校でもタブレットが使われる兆しが見えるようになり、僕らもユーザーである生徒たちへのアプローチを変えたこともあって、2017年4月ついにやりたかった仕事で初売上をたてることができました。そのときの喜びが、新卒カードを切らないという選択を正解にしてくれて今に至っています。
最近は、過去に選ばなかった選択肢をもしも選んでいたら、その先で僕は死んでいたことにしています。選ぶときには悩み抜きますが、一度選んだらその選択肢が唯一の正解だと決めてしまうのです。
小学生のときに、世の中には勉強をしたくてもできない環境にある子どもがいると知ってショックを受け、世界が平和になってほしい、将来はそれに貢献できるような仕事がしたいと思いました。その延長で人間の行動原理を定量化し分析することに興味を持ち、それを学べるのは経営システム工学という学問分野だろうと考え、この分野で最も優秀な人が集まりそうな場を探したところ、それが東工大でした。
ただ実際に入ってみると、経営システム工学は僕が想像していたよりもインダストリアルエンジニアリングに近いことを学ぶ分野だとわかったので、より希望に近い社会工学に転じ、計量経済学を学びました。ここで学んだことは今、人の行動を理解する上でのフレームワークの基本となっています。
大学院はMOTを選んだので、ストレートに今に活きていますし、当時から引き続き、辻本先生(辻本将晴准教授)に、スタートアップ×アカデミア「INDEST 経営課題解決ゼミ」にてメンターとして指導をしていただけるのもありがたいです。
現在オフィスを置いているINDESTは、環境がいいのに家賃が安く、敷金も不要だったので助かっています。
入学後の新歓で魅力を感じて入部したヨット部でも、いい経験ができました。ヨットはお金のかかる競技です。学生がそれに取り組めるのは、お金を出してくれるヨット部のOBがいるからです。OBは会社で言えば株主のような存在です。もちろん部員も部費を負担するので、運営が成り立つように一定数以上の新入生にも入ってきてもらう必要があります。また、ヨット部にはバイスと呼ばれる役職があり、このバイスの役割は試合での成績を上げること。そうした会社のような組織で、主将として社長のような経験ができました。僕は中学時代、県選抜のキャプテンを務めたときにあまりにも鬼軍曹すぎて周囲の反発を招くというミスをしているので、ヨット部では、この部活を選んだ学生が最高に幸せな学生生活を送るにはどうしたらいいのか、といったことへも思いを巡らせました。
ただ、ヨット部は会社のような組織ではありましたが、会社とは違います。特に違うのは社会的責任の重さです。部活の場合、活動の受益者は僕を含めて部員だけですが、会社の場合は社会全体が受益者です。そう簡単には自分の都合で辞めたり逃げたりはできません。でも、世界を平和にすると言い張るのであれば、顧客や業界に対する責任も、周囲の期待も、社員の想いも全部背負う覚悟を持つくらいは当然です。そうやって、日々自分の背筋を伸ばしています。
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上記は、取材時2023年12月時点のものです