”大学の先生と起業する”ってどんな感じですか? - 第2回 株式会社メタジェン取締役CFO 水口佳紀さん(前編)

第2回は株式会社メタジェンの取締役CFO水口さんにお話を伺いました。水口さんは私と同じように修士課程時に学生起業されているのですが、その後博士課程でも研究も続けつつ会社経営もされていたというすごい人!だとはうかがっていました。しかし、事前にリサーチしていると、東工大のWebサイトにこんなインタビュー記事が。

博士後期課程の研究、会社経営、必修だった留学の3つを同時並行していた際にはさすがに骨が折れましたが、時間をうまく活用して乗り越えました。留学先は日本との時差が比較的小さいシンガポール国立大学(NUS)のがん科学研究所(CSI)を選択、ラボで電気泳動等のバイオ実験をしている隙間時間には仕事のメールを確認して、ミーティングに向かう移動時間中には博士論文を進めて、といった具合です。

腸内環境をデザインし「病気ゼロ社会」を目指す — 水口佳紀』より引用

研究に、経営に、その上、留学までしていた……?! 果たして“骨が折れる”くらいで乗り越えられるんだろうか……。というのも、私自身も博士課程進学を希望していたのですが、いざ起業してみると研究を並行してやる余裕は全くなく、結局2年休学しながら修士課程を終えるのに4年かかりました。しかし、博士課程への進学は諦めきれず、研究生として研究を続けながら今に至っているため、研究と起業の両立の観点からも色々聞いてみたい! もはや相談したい! という気持ちでインタビューに臨みました。

そんな本連載の前編では東工大出身の起業家の先輩方に、後輩という立場を利用して、気になる10個の質問を恐れ多くもカジュアルに聞いていきます。大変失礼ながら、あえて事前に質問をお送りすることもなく、その場のノリと雰囲気でお答えいただきました。それ故に、垣間見える東工大卒起業家のリアルな一面をお届けできればといいなと思います。

Interviewee:株式会社メタジェン 取締役CFO 水口佳紀さん
2013年、東京工業大学生命理工学部 生命科学科 生命情報コースを卒業後、同大学大学院生命理工学研究科に入学。同年より5年間東京工業大学情報生命博士教育院に所属し、2015年、株式会社メタジェンを設立。2018年博士後期課程修了後、現在は同社のCFOを務め、自らが掲げる「病気ゼロ社会」の実現に向けて会社を牽引している。

株式会社メタジェンについて
個々人が自分の腸内環境を知り、自分に合ったヘルスケアの選択をあたりまえにできる社会の実現を目指して、腸内環境評価手法を駆使した研究開発支援や、腸内環境データベースを活用した商品・サービス開発を推進している。

創業メンバーが大学教授・准教授&研究者

Q1:水口さんってどんな人?

思考的にはサイエンスベース、ロジック重視という細かい部分があるかなとは思います。ただ、結構面倒くさがり屋なところもあったりします(笑)。

従業員に自分がどんな人か聞いた時には、「社会起業家っぽい」って言われたんです。僕には「病気ゼロ社会」の実現に課題意識があり、それを実現するためだったらどんなアプローチをしてもいいかなと思っているのです。

社会課題は世の中に溢れていますし、それをいかにして解決していくかに非常に興味があり、ワクワクします。

Q2:研究をしていたのに、なぜCFOに

めちゃくちゃ特殊だと思います。博士号取得まではバイオ系の研究をずっとしていて、ファイナンスとは全く畑違いのことをやっていました。創業メンバーが全員研究者で経営は素人、トップが先生2人(※)だったので、会社を運営していくにあたって自分はどこをやろうか? と。

2015年の立ち上げ時はCOOとして営業や受注したものを回していくところ、その後、2018年にCSO(Chief StrategyOfficer)として経営戦略にポストチェンジし、ファイナンスも勉強して、2020年にCFOのポジションに落ち着きました。会社のステージによって、必要なことを勉強しながら、走りながら武器をつくってきたという感じです。

(※)代表取締役社長 CEO:福田 真嗣先生(慶應義塾大学先端生命科学研究所特任教授、順天堂大学大学院医学研究科特任教授)、取締役副社長 CTO:山田 拓司先生(東京工業大学生命理工学院生命理工学系准教授)

Q3:大学教授・准教授と起業するのってどんな感じ?

山田先生(CTO)は同じ研究科で、もちろん以前から存じ上げてはいました。エントリーしたビジネスコンテストをきっかけに、主催者を通じて、福田先生(CEO)が紹介され、もう一人一緒にやるとしたらと誰だという話の中で山田先生の名前が最初にあがりました。目指しているビジョンが一緒で、意気投合しました。

最初の頃は、学生と先生という感じになっていました(笑) でも、今思えば、本当に目指す先が同じだから、一緒にやっているんだなと思います。

Q4:大学教授・准教授と起業するメリット・デメリットは?

トレードオフ的なところなんですけど、社長(福田先生)も副社長(山田先生)も兼任なので使える時間が限られています。一方で、メディアや一般の方からの大学の教授・准教授への信頼の高さは、メリットとして大きいかなと。

製薬の「2010年問題」を知り、病気のない世界をつくることを目指す

Q5:研究、就職、起業…いまのキャリア、どうやって選んだ?

結局自分が何を成し遂げたいかによるのではないかなと思っていて。僕自身もどう生きるかを結構悩んだ時期もありました。
どういう社会にしていきたいか、をまず考え、メタジェンのビジョンである「病気ゼロ社会」を実現するためにはどうすればいいかと問うた時、研究の社会実装が重要だと思い、そちらに舵を切ることにしました。ビジョンを実現するために何が最適か、最短でできるか、を考えました。

Q6:「病気ゼロ社会」というビジョンはいつから目指し始めた?

高専で研究を始めた時に、「2010年問題(※)」という課題を知り、そこで薬に興味を持ちました。作用がわかりやすい薬は出し尽くされてしまった。さらに、難病患者は人口が少ないことから、そういう薬はお金にならないと製薬会社は創ろうとせず、難病が残ってしまっているという課題を知ったんです。なので、「難病の人々を救いたい」とこの分野に飛び込みました。そこからさらに「病気のない世界をつくりたい」という想いがどんどん強くなっていきました。

(※)日本の医薬品業界において、2010年前後に大量の大型医薬品の特許が次々に切れる問題のこと。(『コトバンク 製薬の2010年問題』より引用)

Q7:そのモチベーションはどこから湧いてくる?

前からニセ科学が嫌いです。怪しい製品が沢山世に広まっていて、サイエンスリテラシーが高くないと騙されてしまう。もちろん健康被害もありますし、全然効かないものを人々がどんどん買ってしまっているのが嫌なんですよ。だからそんな問題を正したいと思っています。また母親が看護師で、元々医療領域に興味を持っていたところ、幼少期に身近な人の死を経験していて。そういうベースもあり、医療領域で人を助けたいという想いから、高専で化学を学びつつ、これなら自分が実現したい未来に繋がっていくかなと思いました。

サイエンスを貫き通す

Q7:CFO的な観点から、もし今起業しなおすとしたら、どうする?

今の資本政策(デット・ファイナンス)と同じようにするのは結構ありだと思います。株主が増えることによる様々な意見に左右されず、経営陣の意思を貫き通すことができますので。一方、融資や助成金調達のみでは、大胆なチャレンジには限りが出てしまうところもあり。ベンチャーでは難しい増収黒字を実現している半面、限られた資本の中で回していく側面があるのです。ですから大きく調達しないとできないような、社会構造をガラッと変えるチャレンジングなことを仕掛けていくのも、いいのかなと思ったりもします。

Q8:水口さんがこれからやってみたいことは?

今は腸内細菌の領域で事業に取り組んでいるのですが、「病気ゼロ社会」を実現するためにはそのアプローチだけでは不十分だと思うのです。色々な領域に事業を広げていきたいと思っていて。
創業から9年経って着実に伸びていますが、投資というやり方もあるし、新しい仕組みや新規事業を立ち上げる方法もあります。どんどん事業を広げていきたいなと思っています。

Q9:やりたいこと・やりたくないことのバランスはどう取る?

やっぱり、サイエンスベースであることが重要です。事業をやっていると、マーケティングかサイエンスかで相反する感じがあって。何となく良さそう、というだけで売れてしまう商品も沢山あるじゃないですか。そういうことはやりたくない。サイエンスを貫き通したいですね。

Q10:事業を通して実現したいことは?

サイエンスベースでできたものを社会に実装し、そこからお金をもらって、また新たな研究開発をして、それを社会実装するサイクルをつくっていく。アカデミアでやるにしても、科研費に頼ってるだけの研究は限界がある。自分でお金を得ながら研究するという、持続可能な形で研究を続けながら社会に還元していきたいなと思っています。

前編では、水口さんに10個の質問に答えていただきました。創業メンバーが全員研究者の会社というのも興味深かったのですが、先生と共に起業したという経緯も印象的でした。

水口さんがおっしゃっていたように、あらゆることにおいて信頼獲得に苦労するベンチャー起業で、大学教授・准教授が創業メンバーなのは最強の武器すぎる! と思います。一方、私は教授陣というと、修論の審査会や学会発表で鋭い質問をしてくるちょっと怖いイメージが浮かび、一緒に起業とかは……さすがに……と思ってしまったり。

しかし、最近では「大学“着”ベンチャー」(大学と関係なかった企業が大学の研究成果などを活用することで、事業を加速させる)という言葉が出てくるほど、研究者と共に起業することに注目が集まっています。友達同士で「一緒に起業しよ!」だけではなく、今後もっと「先生、起業しよ!」がありえる環境になっていくと面白そうです。

後編では、前編でも熱く語られた「病気ゼロ社会」というビジョンの実現の原動力となる部分を探っていきます。

キーワード

  • バイオインフォマティクス
  • ライフサイエンス
水口 佳紀(みずぐちよしのり)氏
水口 佳紀 氏 / 株式会社メタジェン取締役CFO(前編)
株式会社メタジェン 取締役CFO
2013年、東京工業大学生命理工学部 生命科学科 生命情報コースを卒業後、同大学大学院生命理工学研究科に入学。同年より5年間東京工業大学情報生命博士教育院に所属し、2015年、株式会社メタジェンを設立。2018年博士後期課程修了後、現在は同社のCFOを務め、自らが掲げる「病気ゼロ社会」の実現に向けて会社を牽引している。

株式会社メタジェンについて
個々人が自分の腸内環境を知り、自分に合ったヘルスケアの選択をあたりまえにできる社会の実現を目指して、腸内環境評価手法を駆使した研究開発支援や、腸内環境データベースを活用した商品・サービス開発を推進している。
水口 佳紀 氏 / 株式会社メタジェン取締役CFO(前編)