東工大の若手研究者を対象に、「研究で世界を変えたい研究者」の志を称えるコンテストとして始まった『社会変革チャレンジ賞』。優秀賞を受賞した5名の先生たちにコメントをお聞きしました。
科学技術創成研究院 安井伸太郎准教授
「環境循環型低コスト全固体電池」
今回発表した内容は日本の化学メーカーとの共同研究によるもので、そもそも社会実装を視野に入れてスタートしています。これまで事業化に向けた取り組みが対外的になかなか評価されにくく、こうした形で評価されたことを非常にうれしく思います。
現在は地球規模でカーボンニュートラルが叫ばれ、蓄エネルギーの重要性が高まっています。一次エネルギーを有効活用するためには、二次電池が一つのキーワードになります。別の観点では、それが安全に使用できることが重要になってきます。
日本でも約20年前から、二次電池を安全に使うための技術として全固体電池を開発してきました。一方でどうしてもコスト優先になり、安全性の確保は二の次になっている。我々は、そのギャップをどうにかして埋めたいとの気持ちから新しい技術を開発しました。とにかく低コストで安全な全固体電池を作ることを念頭に置いています。
この技術を社会に実装できるための第一歩を踏み出したかったからです。私は上智大学を経て大学院から東工大に進学。博士課程のときに「21世紀COE/グローバルCOEプログラム」で1年間かけてスタートアップのモデリングを経験し、いつかは事業化に挑戦してみたいとの思いがありました。
世の中の電池開発の流れに沿った技術ではないので、既存企業に頼らず、自分たちで起業への近道を開拓する必要がありました。今回は大学がサポートしてくれることもあり、絶好のチャンスです。実装されれば、日本がエネルギーに対して世界でイニシアチブを取れる可能性があります。我々の研究が起爆剤の1つになれば、きっと世界は変わるはずです。また、技術だけでなく電池循環のシステムを変える必要性があり、この技術は新しい世界観を生む価値があると思っています。
簡単に化学反応してしまうとの理由から、電池の世界では水が嫌われます。そのため湿度のある大気中では作れません。我々が開発したのは、とにかく水と上手く付き合っていくこと。低コスト化するために、水系プロセスで電池を作る方法に着目しました。
当初は「1つの材料で良いものを作る」という従来通りの戦略で進めていましたが、ゲームチェンジになるような技術開発には辿り着きませんでした。従来どおりの方法ですべてを満たすのは不可能と判断し、複合体でいろんな材料を混ぜ合わせて良いところ取りの新しい構造体を作ることにしました。最終的により安全に使用できることをこれから突き詰めていきます。私はもともと電池関連の技術者ではないのですが、外から入ってきたからこそ生まれた奇抜な視点だったと思っています。
環境循環型の点でもメリットがあります。現状の液系リチウムイオン電池(LIB)や固体電池はリサイクルプロセスが非常に複雑で、莫大なリサイクルコストがかかります。ところが我々は水から作るプロセスなので、水に戻して相当安価に材料ごとに分けられる、いわゆるダイレクトリサイクルができると思っています。しかも分離のときに余計なエネルギーを使用しないためCO₂発生を大幅に削減できます。まだ検証段階ですが、成功すれば社会に及ぼすインパクトは大きいと考えます。
まずは一緒に歩んでいく仲間を集めることが目標です。研究畑に限らず、いろんな領域のステークホルダーの皆さんとコミュニケーションを取って前進させてくれる人を求めています。とはいえビジネスに関しては門外漢ですから、経験が豊富なメンターの力を借りて不足している部分を補っていきたいですね。
製品としてのゴールをある程度見極めることができれば、会社が立ち上がるのは難しくないと考えています。今の展望は、最低限のサイズ感を持つ電池までは自分たちで作り上げること。そこまで完成すれば、また違う世界が広がると信じています。
工学院 三浦智准教授
「直感的にロボットや乗り物を操縦できるコントローラ」
大変光栄であると同時に、ますます精進していかねばならないと思っています。私が提案した技術は、国境を超えて人類の未来に貢献できるものです。今後のアクセラレーションプログラムで少しでも実用化に近づけて、ユースケースの開拓にも力を入れていきたいと考えています。
学生と助手時代は他大学で学び、2020年に東工大に移りました。ここに来て改めて感じたのは、質実剛健な姿勢とともに、チャレンジングな精神が強いこと。社会変革チャレンジ賞もその一例で、若い人にチャンスを与える活動が非常に多いと思います。そうした期待に応えたいとの思いで応募しました。
私が研究しているのは、いろんな乗り物やロボットを遠隔から操縦できるコントローラーです。ライフワークとしてずっと続けてきた研究で、誰もが直感的に動かせるコントローラーを目指しています。人間の手首の構造や認知的な性質などを考慮し、立体的あるいは多自由度で動かせるのが特徴です。
現場での自動化を実現するには環境整備がセットになります。一方で環境整備が難しい場合も数多く存在し、そのような場所は大体危険だったりします。ですから現場に行かずに操作できるメリットは大きいと考えます。また労働人口の減少が確実視されている中で、熟練者でなくても操作できることが求められています。そのため、属人性を排除して誰もが操作できる技術の重要性はますます高まるはずです。
現状ではゲームコントローラーのようにジョイスティックで動かすものが大半を占めますが、それに比べて我々の作ったコントローラーは直感的に利用できるとの評価をいただいています。現在は擬似的な現場環境を作って実証しており、実際にメーカーの人たちに研究室で体験していただくこともあります。
ビジネス面でわからない部分はメンターの人たちに教えてもらいながら、自分の研究を突き詰めていこうと思っています。まずはこの技術を活用したい企業を探すのが目標です。そして賛同する企業が増えてきたら生産体制を整備する。このように段階を踏みながら社会実装を進めていきたいです。
起業についても以前と比べると気持ちは変わってきています。もちろんコアにあるのは研究ですが、企業との共同研究を通じてより現場に近いところでの実証が増えてきましたから。それに、東工大の後続に自分たちの背中を見せていくことはとても大切だと感じています。我々の作った技術が社会に組み込まれて人類の役に立つことを証明したい。その足がかりとして、1人でも多くの人に使っていただくことに注力していきます。
科学技術創成研究院 本⽥雄⼠助教
「ポリフェノール構造分⼦を基盤としたバイオモダリティ送達システムの構築」
2023年11月から2024年2月にかけてドイツに短期留学し、研究者たちが社会実装に向けて活発に働きかけている様子を見て非常に刺激を受けました。私も日本に戻ったら同じような活動をしたいと思い、まさに2024年に入ってから本格的に動き始めたタイミングだったので、今回の受賞は本当にうれしいです。
応募の前には学外プログラムなどを活用して、事業家やベンチャーキャピタルの方たちに意見を伺いました。外部の意見を聞いて感じたのは、アカデミアが求める新しさと産業界が求める新しさは違うということです。
アカデミアでは新しい原理を発見したり、新しい仕組みを作ったりすることが大きなモチベーションになります。しかし産業界では、今ある技術をどれだけ発展させられるかが重要になってきます。こうした評価軸の違いを学んで社会変革チャレンジ賞の応募に臨みました。審査コメントを見ると、取り組む姿勢も評価されていたので励みになっています。
研究者は“社会の役に立ってこそ”というスタンスを忘れてはならないと考えます。私は東京理科大学を卒業後、東工大での修士課程を経て化学メーカーに就職しました。企業での経験があったので、もともと技術シーズを社会に適用したいとの思いは強かった。研究者からすれば実業に踏み出すのは勇気が要りますが、アクセラレーションプログラムを通じて支援してもらえると最初の一歩を踏み出しやすくなります。
研究テーマは薬物送達。特定の疾病が対象ではなく、汎用的に薬の効果を上げるのが狙いです。これまで製薬企業の方々とも意見交換しましたが、現段階ではまだ足りない部分が多いとの指摘を受けました。今はそうした意見を反映して改善を図っている最中です。
本技術の確立によって得られる最大の貢献は、今まで治せなかった病気を治せる可能性が高まること。それとともに、薬価の高騰を抑えたい思いがあります。日本の社会保障費を鑑みても医療費の抑制は喫緊の課題ですし、あまりに薬価が高ければ効果があったとしても多くの人は使えません。将来的には、誰もが最適な治療法を選べるように選択肢を増やすのが理想です。
実用化に向けたステップでは研究とはまったく違う頭の使い方が求められます。ですから外部のメンターが協力してくれるのは心強い。私自身がビジネスの基本を学べる良い機会だと捉え、とても楽しみにしています。
アクセラレーションプログラムでは技術的な問題をしっかり解決しながら、適用する薬の候補を探していきます。もちろん、最終的には起業を目指します。数年後に基盤技術やニーズが固まった状態でスタートアップの起業に踏み切るつもりです。
並行して、大学発スタートアップのロールモデルを意識していきたい。自分が実際に経験することで、学生の方に対してリアルな話ができるからです。そう考えると、教育面でも非常に価値がある取り組みだと思います。今回のプログラムを契機に従来のやり方を変えていきたいですね。
科学技術創成研究院 ⼭⽥哲也助教
「低温環境下における固体酸化物形燃料電池とリチウムイオン電池の共⽣」
優秀賞に選ばれたことは率直にうれしいです。「Tokyo Tech Gap Fund2023」(以下、TTGF2023)に続いて2回目の受賞ですし、助教の立場で受賞できたことも光栄です。
今は国を挙げて大学発スタートアップの育成に力を入れているので、全体的に良い流れが来ていると実感しています。
我々の技術はNEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)のプロジェクトから始まった研究で、より社会実装に近づけたいとの思いから社会変革チャレンジ賞に応募しました。実はTTGF2023で市場調査を行い、自動車関連や電池関連など様々な企業からニーズを教えてもらったり、ベンチャーキャピタルの人たちにアドバイスをいただいたりしていました。その延長で進めたいとの気持ちがあり、今後もイノベーションデザイン機構と協力しながら前進したいと考えています。
分散型エネルギーとして使われている燃料電池を手のひらサイズにするのが目的です。燃料電池はエタノールなどで発電でき、小型電源として現在主流のリチウムイオン電池よりも寿命が長く、CO₂の排出量が少ないのが特徴です。
燃料電池にはたくさんの種類がありますが、我々の電池は600度ぐらいの高温でも稼働します。大型の定置用燃料電池からセルの技術を転用し、熱を閉じ込めてマイクロ空間で高温反応を起こすことで持ち運べるようにしました。
私は学部から博士まで東工大で、博士課程の3年間は理化学研究所で研究をし、修了後に東京大学などを経て2020年に東工大に戻ってきました。学生の頃は材料、博士課程では生物系の研究に従事した背景もあり、研究者として幅広くカバーしているのが強みです。こうしたキャリアは、いろんな要素を組み合わせなければならない燃料電池の領域で活かされています。
先ほども話したようにTTGF2023で外部メンターとのコミュニケーションを経験済みなので、ある意味で今回のスキームは馴染みがあります。将来的には起業してスタートアップの設立を目指す予定です。
なぜなら燃料電池の試作品にかなりのコストがかかり、どのように実用化するかが課題となっているからです。大学の研究は企業と異なり、潤沢に資金を集めることが難しい。社会変革チャレンジ賞のような取り組みが加速すれば、集められる資金に余裕が生まれて研究の自由度も高まるはずです。
事前のユーザーニーズの結果から、まずは極寒地での需要を狙うつもりです。送電網がない場所を選び、厳しい環境でも長期間にわたって耐えられる燃料電池をアピールしたい。これまで大学の研究者は論文がどれだけ認められたかが成果指標で、実用化を目指す研究はさほど成果にはカウントされませんでした。その仕組みがスタートアップの設立を阻む障壁になっていると思います。しかし米国に顕著なように、研究は社会実装されてこそ評価されるべきだし、今後は日本でもそうなっていくと期待しています。
物質理工学院 木村健太郎助教
「低温CO₂水素化・FT合成を可能とするCuMgFe型ハイドロタルサイトを基盤とした高機能触媒の開発」
非常にうれしいです。普段は大学にいるため、実用化に向けて何が必要なのかが見えてこない部分がありました。それを知るうえでも、このプログラムに参加できることは良い機会だと捉えています。
私は今32歳で、日本大学を修士で卒業してから一度企業に入社。その後、日大の大学院を経て東工大というキャリアを辿ってきました。日大の研究室では社会実装を前提とし、コストなども考慮しながら研究していた経緯もあり、実用化できる方法があればいいと考えて応募しました。
外国の大学では社会変革チャレンジ賞のような取り組みが一般的になっています。日本がその方向に進むためにも今回のプログラムは有意義なものです。外部の人たちと意見を交わしながら資金を得て、より良い研究に反映できるサイクルが回るようにしていきたいです。
世界的にカーボンニュートラルが標準になる中、多くの企業が脱炭素の対応を迫られています。CO₂を減らしながら有益な物質に変換することがテーマの1つになっていますが、従来の方法では変換プロセスに多大なエネルギーが必要で実用化が困難とされています。
今回提案したのは、より低温でCO₂を反応させる触媒の研究です。現段階では350度ほどで反応しており、半分ほど変換されるとの予備実験結果が出ました。より突き詰めていけばもっと低温で変換可能になり、カーボンニュートラルに大きく貢献できるはずです。
論文を見ても、ここまで変換率が高い研究結果は見当たりません。自分でもワクワクが止まらない研究テーマです。CO₂関連は学会でも実用化直前のものが多いので、少しでも弾みがつくのであれば活かしていきたい。だからこそ今回の受賞で、実用化に対する思いはますます強くなっています。
アクセラレーションプログラムで何が得られるかが楽しみです。私は社会人も経験しているので、実用化に向けてはコストやプロセスが重要になることを理解しています。その点にフォーカスして議論していけば、相乗効果が得られるとの手応えがあります。
メンターから見れば素朴な疑問が出てくると思います。その指摘は、中にいる人からは意外と見えない盲点だったりします。そうした盲点、足りない部分が見つかることにも期待しています。また、可能ならばビジネス化にも携わりたい。
とはいえ、まだ始まったばかり。種しかない研究ですから、少しずつ芽吹かせることが第一目標です。そして最終的に花を咲かせるためには1人だけでは難しい。いろんな人の力を借りて発展させていきたいと考えています。その姿を見て、後続の人たちには自由さを感じ取ってほしい。そうなれば、自ずと起業や実用化を目指す学生も多くなってくると信じています。