ブレイクスルーの扉:生命理工学院 山田 拓司准教授

 東工大発スタートアップにまつわる、起業家の素顔に迫るインタビュー・シリーズ。それぞれのブレイクスルーについて語って頂きます。本コラムが、読者の皆様のブレイクスルーの扉を開くきっかけとなれば幸いです。
(By: INDEST コミュニティーマネージャー:湯原理恵)

第1回は、「ヒト腸内環境ビックデータ解析」を元に、株式会社メタジェンを設立後、株式会社digzyme2022年東工大発ベンチャー大賞受賞)、メタジェンセラピューティクス株式会社の計3社を起業され、CTO、CSOを務められております、東京工業大学生命理工学院准教授の山田拓司(やまだたくじ) 先生。3社目に起業されたメタジェンセラピューティクス株式会社では、今年6月に“総額17億円でシリーズA資金調達”という快挙を遂げられました。そんな山田先生のブレイクスルーの扉とは?

――まずは、起業のきっかけを教えていただけますか?

私は2006年に京都大学を卒業後、ドイツの欧州分子生物学研究所で研究に携わり、2012年に東京工業大学に赴任してきました。自分の研究を進めるためには研究費が必要です。しかし、研究費を獲得するには研究成果が必要、でもその成果を出す為には、まず研究費が必須、という悪循環スパイラルの中にいました。

一方、民間企業に目を向けると、5人程の従業員規模の会社は沢山あります。しかしながら、研究室の世界では、研究員を5人以上雇うには年間3000~5000万円ほど必要で、それが可能なのはビックラボと呼ばれる一握りのみです。5人の研究室の運営は大変ですが、5人規模の会社を興し、会社という仕組みの中で基礎研究もできるようにすると、継続的に研究費がまかなえるのではないか、と考えるようになりました。

 そんな折、京都大学の山中伸弥先生がチャリティーマラソンで研究資金の募金活動を行っているテレビ番組を見ました。私自身が京都大学で学位をとったということもあり、早速、京都大学の事務に電話して、仕組みについて聞いたところ、基金として寄付を集められれば、寄付金を研究室資金に充てられることが分かりました。そこで、東工大でも創立130周年のタイミングで、「腸内細菌基金」を新設してもらい、関連企業20社から年間50万円をご寄付頂き、3年間研究資金として運用させて頂きました。

ただ、マーケットのお金を使うには、寄付ではなく、市場に還元しなければサステナブルにはいかない。

そう思っていた2014年、株式会社リバネス主催のバイオサイエングランプリで福田さん(株式会社メダジェン 代表取締役社長 CEO:福田真嗣氏)、そして当時東工大修士2年生だった水口さん(株式会社メダジェン 取締役 CFO:水口 佳紀氏)と共に最優秀賞を頂き、起業に至りました。

――メタジェンセラピューティクス株式会社での総額17億円の資金調達の成功の秘訣について教えていただけますか?

私はこれまで3社の起業を経験しました。その中で、1社目のメタジェンはオーガニックグロース、すなわちベンチャーキャピタル(VC)からの資金調達をせず、事業ベースで成長を目指してビジネスを展開しています。2社目のdigzymeと3社目のメタジェンセラピューティクスはVCからの資金調達を受けています。メタジェンセラピューティクスの場合、資金調達に関しては、ほぼ全てCEOの中原さん(メタジェンセラピューティクス株式会社CEO:中原拓氏)が担当しました。彼はVC出身で、アメリカでバイオインフォマティクスを基盤にしたスタートアップの起業経験もあります。スタートアップが事業化してスケールするために、どの事業分野が最適か、どの人材が必要かなど、スタートアップの教科書のような動きをしています。関わる人材は皆プロフェッショナルです。VC、役員、現場で関わるメンバー全てにおいて、プロジェクト推進力を持つ仲間が集まっており、最強の組織を構築しています。資金調達と市場への還元のバランスを保ちながら、持続可能な成長を目指し、各自が高い専門性を持って動ける環境を整えています。

――研究者が起業される際に、経営プロ人材のパートナー探しに苦戦されるお話をよく伺うのですが、山田先生の場合はどのように中原CEOのような方を見つけられたのでしょうか。

中原さんとの出会いは、彼がアメリカで起業した会社の責任者を辞めた頃です。株式会社メタジェンは当時も今も、「最先端科学で病気ゼロを実現する」を掲げ、事業を進めています。ヘルスケアが主な事業領域ですが、その理念を掲げるなら創薬事業も行うべきだと中原さんが言ったので、「じゃあ、お願いします」と、一緒に起業したかたちです。

研究者にとって経営プロ人材とのパートナシップは不可欠で、自分の理念やパッションを常に発信し続けることが大切だと考えています。会社に人が集まって来るとき、どういうところにひかれてくるのか。スタートアップに参加する人々は、理念やパッションに共感してきてくれることが殆どです。そのため、自分のやりたいことや目指すものを発信し続け、常に「旗を立てておく」ことが重要です。そうすると、それに共感してくれる人が自然と集まってきてくれます。むしろ、それに共感する人しか集まってこない。

この「旗を立てておく」、というのは現場から経営レベルまで同様です。自分の考えを共有し、組織全体が同じ目標に向かうよう努力すること。またこれは、会社だけでなく研究室でも同じです。私は、一貫して「腸内環境を意のままに制御したい」と言い続けている。すると、それに期待してくれる学生達が、自然と研究室に集まって来てくれています。ちなみに、メタジェンではそれを腸内デザインTMと表現しています。

――山田先生のブレイクスルーと今後の展望についてお聞かせください。

私は常にルールに縛られず、自らの好奇心を大切にしてきました。先例にこだわらず、まずやってみる。失敗を恐れず、まず動いてみる。これが、私のブレイクスルーにつながっている気がします。東工大生の場合は、慎重に考えすぎる余りに行動が遅くなってしまう人が多い。例えば研究でも、5~10年での成果を逆算しながら動くとコストパフォーマンスを考えるので、中々難しい。ただ、「なんか面白いかも!」と純粋な好奇心から一歩踏み出すと、20年くらいの長期スパンではちゃんと元がとれることもある。

今後の展望としては、会社や人材を成長させることに注力したいと考えています。会社のメンバーの数が、30名を超えると同じ方向を向かないと、大きな推進力にはならない。さきほど伝えたように、現場レベルでも経営レベルでも理念とパッションを伝え続け、みんなの方向性をそろえることを意識していきたいです。特に私はCTOなので、研究でその理念をつたえるように努力したい。

また、若い才能を育てることに情熱を傾けたいですね。学生の間で起業を選択肢の1つとして広め、彼らの可能性を最大限に引き出す支援をしたいです。例えば、株式会社digzymeは、元々メタジェンでインターンシップしていた学生達が立ち上げた会社です。彼らは山田研の学生時代から非常に優秀でした。しかしながら、優秀な人材のポテンシャルを最大化するのは指導する側としてはとても難しいです。優秀な人材であるほど、普通に生きていてもうまくいっているように見えます。特に、渡来(わたらい)さん(株式会社digzyme代表取締役:渡来直生氏)のような天才肌の人間は、彼らの能力を最大化するために指導教員として動いたとしても、とても大きい籠を用意しないと自由に羽ばたけない。むしろ、自分が籠の中にいると気付いた時点で動かなくなるでしょう。時折大まかな方向性を示しては、軌道修正の手助けをする、くらいが丁度よかったです。その人のポテンシャルを最大化するには、どういうアプローチや育て方が適切かを常に考えています。羽ばたくまでフォローして押してあげる期間が、人によって大きく違う。どこまで押してあげたらいいのかの見極めを意識しています。おこがましいとは思いますが、「第2第3の渡来(わたらい)さん」を世に出していきたい。スタートアップを起業することが全てではないですが、起業も彼らのという選択肢の1つである、と気付いてもらうことで、その人のポテンシャルを最大化させてあげることができればいいなと思っています。

――最後に、東工大のスタートアップ支援に期待することを教えていただけますか?

東工大におけるスタートアップ支援については、2点期待をしています。

まず、起業後も企業との共同研究を可能にする仕組みを確立し、その魅力を広めてほしいです。研究には経費がかかりますが、起業後も企業との共同研究が許可されれば、大学発のベンチャーにとって非常に魅力的な環境となります。給料、役員報酬など、企業側からの報酬を貰いながら、共同研究が許可される、という仕組みが必要です。利益相反の問題があることは理解しています。その中でうまい仕組みがあればいいなと常に感じています。また大学として、この制度をしっかりとPRすることで、海外から著名な研究者が集まる可能性も高まると思います。

(※現在、東工大では「東工大発ベンチャー」称号取得企業に関して、設立後5年以内の役員兼業を認めています。共同研究に関しても、利益相反マネジメント委員会の事前審査を受ける必要等はございますが、認められる場合がございます。詳細は、研究・産学連携本部のサイトをご覧の上、管理・法務部門までお問い合わせください。)

また、5年以内のベンチャー企業に、東工大インターンシップ生をマッチングする取り組みも行ってほしいです。学生達が学生時代にベンチャー企業の空気に触れることで、将来の新しい可能性を見つけてほしい。起業も自分の可能性を広げる選択肢の1つだと。これにより、もっと東工大から新たなスタートアップ・エコシステムをつくることができると思います。

山田拓司(やまだたくじ) 氏 

東京工業大学生命理工学院准教授。2006年・京都大学大学院理学研究科博士課程修了 博士(理学)。京都大学化学研究所助手、ドイツ欧州分子生物学研究所研究員、東京工業大学大学院生命理工学研究科講師を経て、2016年より現職。2014年よりヒト腸内細菌解析のための産学連携コンソーシアム「Japanese Consortium for Human Microbiome」を設立し、大学内の研究成果を産業応用につなげる活動を行っている。2015年、株式会社メタジェンを共同設立、同社取締役副社長CTOを兼任。2019年、株式会社digzyme 取締役CSOに就任。2020年メタジェンセラピューティクス株式会社取締役CTOに就任。専門は生命情報科学。2020年、令和2年度科学技術分野の文部科学大臣表彰科学技術賞(研究部門)受賞。