東工大発ベンチャー venture

Tokyo Tech Gap Fund Program 2022 採択者インタビュー:生命理工学院 田中利明 助教

行って、聞いて、話して。初めて、自らの研究の社会的価値に気づいたこと

――『Tokyo Tech Gap Fund Program 2022 (東京工業大学基金「スタートアップ支援基金」)』の応募動機について教えてください

 昨年のファンド採択時の私の研究は、「可視化I型コラーゲンによるコラーゲン生合成過程の解析」です。体内のたんぱく質の30%を占め、最も多いたんぱく質であるコラーゲンですが、実は今まで誰も、分泌されたコラーゲンを簡単に定量測定することができなかったのです。

 元々肝がん細胞を研究してきた私は、肝臓がんに直接つながる肝線維症に着目し、その原因となっているコラーゲンを調べ始めました。これらの研究の中で、蛍光たんぱく質をI型コラーゲンにつけることで可視化に成功し、それによる分泌コラーゲンの定量測定法開発にたどりつきました。

 そうして様々な展示会等で可視化Ⅰ型コラーゲンを紹介しているうちに、企業などに声をかけてもらえるようになり、世の中がこんなにコラーゲンの可視化を求めていたのかと社会課題に初めて気がついたのです。それまでは、本当に基礎研究者で、全く社会実装は考えていませんでした。そこで、田町の東工大インキュベーション施設 INDESTの勉強会などに参加したりして、実装化を目指してみようか、と。社会実装を目指すにあたっての研究費や研究員の雇用費を捻出すべく、Gap Fund Programの申請に至りました。

―― 『Tokyo Tech Gap Fund Program 2022 (東京工業大学基金「スタートアップ支援基金」)』に1年参加してみてのご感想を教えて下さい。

 この半年で確実に変わったこと、それは基礎研究から、ビジネス(市場化)も見据えた方向へ思考回路が切り替わったことです。色々なスタートアップのためのセミナーや勉強会にほぼ毎週末参加させてもらい、起業家の方の経験談などもたくさん聞きました。それまでは研究を深堀りする学会向きの話しかできなかったのですが、起業家やビジネスの専門家のお話しを伺い、自らの研究について話すことで、一般向けにどうやったら興味をもってもらえるか、という観点でのプレゼン力が飛躍的に向上したと思っています。

――今後のプロジェクトの展望についてお聞かせ下さい。

 社会的に欠けている「簡便なコラーゲン定量測定法」によって、コラーゲンビジネスの成立を目指しています。

 大きくは2つ、化粧品・健康食品分野における成分の評価および開発と、健診・医療分野での活用です。

 前者については、化粧品や健康食品などコラーゲン分泌促進を訴求している多くの現存商品の中で、実際にコラーゲン分泌促進能が科学的に証明されているものは殆どありません。この市場で、可視化I型コラーゲンによる科学的な機能評価サービスの提供と、科学的に機能が証明された新しい成分の開発を考えています。今まで、科学的根拠に基づいた商品が世の中になかった分、高付加価値のついたコラーゲン関連製品市場を創造できると考えています。

 また、後者の健診・医療分野では、可視化I型コラーゲン研究からみつけた体内コラーゲンマーカーを用いて、体内コラーゲン評価法の確立を目指しています。臨床医の方からも尋ねられたりしますが、現在、自分の体内のコラーゲン状態を簡単に知る手段はありません。体内コラーゲンの評価が手軽に行えるようになれば、例えば、加齢状態や骨の状態、また、コラーゲンの異常が原因となっている病気(肝線維症、膠原病など)の有無などがわかり、自分の健康状態をより正確に、早く把握できるようになると考えています。最終的には、健康診断の中に、血糖値や脂質とならんでコラーゲンを検査項目として入れたいと思っています。

――最後に『Tokyo Tech Gap Fund Program 2023』応募者にむけたメッセージをお願いします。

 もともと私が細胞生物学、分子生物学をやり始めたのは、人の役に立つ研究がしたいという想いからです。もしかしたら、自分の死後、例えば50年後、100年後に自分の技術が再発掘されて、それを誰かが実装化してくれるだろうと、昔はそんな風に考えていました。しかし、今は社会の循環が速くなり、Gap Fund Programのような制度も整い、研究者自らが社会実装できる世の中になってきました。

 そこで大切なのは、こうしたプログラムを使って、多方面の方に自分の研究を話し、理解してもらうこと。そして、研究者自らがそういった場に積極的に出ていくことだと思っています。私がそうだったように、そんな場に立って初めて、基礎研究者が面白いと考えて研究しているテーマが、実は様々な社会課題の解決につながる可能性があることに気がつくと思います。学会だけでなく、企業の研究者などとも話ができる展示会や勉強会など、様々な視点から、自分の研究を多面的に評価してもらえる場に出ていくことが重要だと思います。

 ただ、技術・研究の社会実装には、さらに高いハードルがあると感じています。社会実装のためには、技術・研究の社会的価値を判断できるエキスパートの存在が不可欠で、さらに、事業として成立させるためには、商品やサービスが継続的に売れるスキームを作り出すことが必要です。これを考えることは研究者にはとても難しいことで、、伴走支援してくるビジネスのエキスパートとの対話やアドバイスが必要と感じます。本プログラムが、そういったチームやパートナーをみつけるきっかけにもなると良いなと思っています。