2026年8月17日
日時2026年 8月
特別対談シリーズ第三弾として、2026年7月、東京科学大学田町キャンパスINDESTに、株式会社みらい創造インベストメンツ 取締役・岡田氏をお迎えし、本学後藤教授、東京都小澤氏との鼎談を実施しました。
2050年のカーボンニュートラル、そして「2050年ゼロエミッション東京」の実現には、大学に眠る高度な技術(ディープテック)の社会実装が欠かせません。
今回は、東京科学大学(Science Tokyo)で分野横断の研究体制「Visionary Initiatives(VI)」のGXフロンティアを率いる教授 後藤美香氏、GX分野の官民連携ファンドを担うみらい創造インベストメンツ 岡田祐之氏、東京都でスタートアップ戦略を推進するイノベーション推進担当部長 小澤常裕氏の3名をお迎えしました。「研究を、社会を変える力に」と題し、「研究」「投資」「行政」がどのように連携し、ディープテックの社会実装を加速させていくのか、現在の取組や展望について、広くお話しを伺いました。

(左から、小澤氏、後藤氏、岡田氏)
大学統合と「VI(Visionary Initiatives)」の始動を背景に、研究が社会実装(GX)へ向かう必然性や実感などを、三者それぞれの立場で語っていただきました。
後藤:本学は旧東京工業大学と旧東京医科歯科大学が統合するにあたり、「科学の進歩」と「人々の幸せ」とを探求し、社会とともに新たな価値を創造することをミッションに掲げました。そして、善き未来をビジョンとして掲げ、その実現に向けた研究体制としてVisionary Initiativesを導入し、そのビジョンに共感した研究者が集まって融合研究を進めています。
最初に立ち上がった3つのVIのひとつが「GX Frontier」で、主にエネルギーや環境の分野で持続可能な社会への変革を目指しています。GX Frontierの参加研究者(VI Researcher)は、現在170名まで拡大しました。たとえば、気候変動のように、ひとつの分野、ひとつの国だけでは解決できないような課題が増えているなかで、「知恵」をわかちあう、みんなで考える、分野横断型の融合研究をたくさん起ち上げていきたいと考えています。

岡田:まさに大きな変化のとき、と感じています。従来は「大学の知」を社会に出す際、金融や行政が後押しする、という構図でした。つまり、「Science」が「技術」になって「事業」になって、という流れがありました。しかし、今は、事業者側から直接「Science」にアクセスする動きが出てきています。何を欲しているかがまだ形になっていない、つまりニーズが明確でない段階から「Science」と接続しようとする。
こうした時代の変化において重要なのは、「受け手」となる仕組みを大学が持てるかどうかです。その意味で、VIは非常に可能性のある仕組みではないでしょうか。世の中的には黎明期ではありますが、期待を寄せています。
あわせて、東京都のような自治体の存在、役割が重要だとも考えています。国が広域的に施策を展開する一方で、自治体は地域特性に応じた深い支援ができます。実際には、自治体ごとに文化も産業も人口動態も異なりますから。そういった状況に即して自治体が推進することがないかぎり、人が幸せになることには近づいてこない。たとえばですが、東京での幸せと、東北での幸せ、九州での幸せが同じかどうか。それでも、メトロポリタンから始まるモデルを雛形に、地域に展開していくような可能性にも注目しています。

小澤:ディープテックを担う大学発スタートアップには、大きな期待を寄せています。AI技術の急速な発展や、中東情勢をはじめとする国際情勢の変化を踏まえると、エネルギー、安全保障、環境といった社会課題の解決において、テクノロジーが果たす役割はますます重要になっていると考えています。
みらい創造インベストメンツ様との官民連携ファンドでも、豊富な知見とネットワークを活かしたきめ細かな伴走支援をいただき、心強く思っています。東京には、優れた研究シーズを持つ大学をはじめ、大企業や高度な技術力を持つものづくり産業など、多様なプレイヤーが集積しています。こうした東京ならではの強みを活かしながら、スタートアップが成長し、世界で活躍できる環境づくりを進めていきたいと考えています。

現在、INDESTに入居する36社のうち、7社はGX関連のスタートアップです(2026年7月現在)。GX関連企業は着実に増加していますが、彼らの直面する課題は「資金」「人材」「市場」と明確です。これらの課題をふくめ、GXスタートアップの直面する「壁」と、それを乗り越えるための方法について伺いました。
岡田:シード・アーリー支援においては、技術人材、とりわけCTO人材の重要性を強く感じています。客員CTOは、東京都の事業としてもエントリーさせていただいている取り組みです。NEDOには客員CEOの制度がありますが、技術系の会社とコミュニケーションする際、CEOが必ずしも技術に明るいとは限りません。チームとしてCTOの役割を強化する必要があると考え、3年間の施策のなかで取り組んできました。大学の先生と客員CTOが技術者同士として言葉を交わすことでも、これまでにない新しい価値が生まれています。
また、東京都にはたくさんの大学がありますが、東京都とScience Tokyoは連携して具体的なものをやっているかというと、なかなか、そうでもない。しかし、Science Tokyoの取り組むエコシステムによって、今回の場を持つことができました。INDESTのような「場」の存在は重要で、制度だけでなく、こうして人と人が出会い、関係性を築く環境があってこそイノベーションは加速します。
わたしは今日の日を迎えることをとてもたのしみにしてきました。東京都も大学も、たくさんの情報を発信されていますが、昨今の情報速度の中では、すべてがコミュニケーションにまでは発展し辛い状況です。そういったなかで新しい価値を作っていくためには、仕掛けのある場所、コミュニケーションの取りやすい場所が必要だったりします。その部分での意義、価値をわたしはいまのINDESTに感じています。今日を皮切りに、東京都とScienceTokyoとの連携もさらに深まればと考えています。

小澤:東京都では「スタートアップ戦略2.0」のもとで、スタートアップの成長を後押しする施策を幅広く展開しています。そのうちのひとつが、ファーストカスタマー事業です。これは、都庁が率先して新しい製品・サービスの最初の顧客となる取り組みで、初年度は9件からスタートし、その有効性が認められるにつれて実施件数は年々増えてきています。東京都には、水道や病院、交通などの社会インフラに加え、多様な行政サービスの現場や実証フィールドがあり、スタートアップが自分たちの技術やサービスを実際の現場で検証し、改善につなげる機会や場が多くあります。
たとえば、病院向けには、歩行時は硬さを保ちながら転倒時だけやわらかくなる「転倒検知マット」。夏場には放射冷却素材のテント、地面を掘らずに水道管の位置を把握できる探査技術なども導入(注1 しています。都庁での実証は、スタートアップの実績・信用力の向上につながると同時に、都民の暮らしにも還元される、双方にメリットのある仕組みです。
グローバル&スケールアップの支援では、2022年策定のスタートアップ戦略をバージョンアップし、立ち上げ支援中心からより高い成長を後押しする施策へと重心を移しています。その象徴が「SusHi Tech Global」(注2 です。年1回開催し、今年は3日間で6万人が来場した国際カンファレンス「SusHi Tech Tokyo」の理念を体現する、グロース期のスタートアップ向け支援プログラムとして昨年度始動しました。現在94社を選抜しており、核融合や量子技術、宇宙産業など、将来の産業基盤となるディープテック企業も数多く含まれています。
あわせて、官民連携ファンドを通じた資金供給支援も進めています。市場形成途上で民間資金が集まりにくい領域にこそ、都の出資が呼び水となる。今後は「SusHi Tech Global Funds」として、官民のファンドが連なるプラットフォームへと発展させ、東京、そして日本全体にスタートアップへの資金の流れを生み出していくことを目指しています。

後藤:はい。やはり「きっかけ」の存在が大きいと感じています。研究者にもさまざまなタイプがあって、自身の研究・関心をとことん掘り下げていく方もいれば、最初から他分野も含めて幅広くいろいろな人を巻き込みたいという方もいます。ご本人も、もしかすると気づいていない、研究から社会実装への可能性に、普段はあまり接しないような外部との交流や、そこから生じるあたらしい視点がきっかけとなり、ビジネスにつながることがあります。
村上先生、伊原先生の採択事例のような好事例が出てくると、「自分もやってみよう」という人が現れ、文化として広がっていくのではないかと感じています。良い事例が生まれると、それが刺激となり、次の挑戦者が現れる。こうした好循環が文化として定着することが重要です。
また現在進めている「グリーンホスピタル研究」では、大学病院をGX技術の実証フィールドとして想定しています。医療活動に支障をきたさないという大前提の下、新しい技術を社会実装につなげる挑戦です。廃棄物処理やリサイクル問題、エネルギー安定供給と最適化、再エネの利活用、省エネ機器の導入、ペロブスカイト太陽電池の活用など、新しい技術実証の場として検討を進めている段階です。
岡田:スタートアップが、社会の産業にきちんと連結することが重要だと考えています。
AIが浸透するなかで、雇用規模や売上高といった「産業としての手応え」がこれまで以上に問われるようになってきているように感じます。例えば、技術はないが顧客基盤はある事業者に、大学の知見を届けていく。中小規模の事業者にとって大学への敷居はまだ高く、そこをどう下げていくかは、東京都やScienceTokyoのみなさんと一緒に考えていきたいと思っています。スタートアップとして成功するには、立ちはだかる「壁」を乗り越える、「壁」を考えるというよりも、社会のあるべき像をこちらから作っていく、という問いの転換が必要だと感じています。
後藤:私が大事にしているのは「自然な形」です。それは、何もしないことが自然という意味ではなく、たとえば、研究紹介の場を定期的に設け、繰り返し開催することで浸透させて行けたら、と考えています。授業がある、ラボ運営や実験がある、学会出張もある、と先生方はみなさん忙しいのですが、まずは、そのような交流の場に、少しでもいいので顔を出してください、ということから始め、何度か会って話をするうちにお互いへの関心や、融合研究の芽が育ってくることを期待しています。さらにそこから発展して、研究を生かした起業が当たり前になってくると、文化として根付いてくるのではないかとも思います。時間はかかると思いますが、好事例を出しながらそれをアピールしていくのが一番いい。今は土台作りからやっているところですが、応援したいと思っています
また、お金の面についても、最初から大きな資金獲得を目指す研究者もいれば、そうでない人もいて、それぞれです。ですから、大上段に構えず、みんなが参加できる場をつくりながら、技術リサーチによる発掘型のアプローチも並行して進めています。現在は、GX Fronteir VIのエコシステムビルダーである池谷先生を中心に、170名の研究者への個別ヒアリングを通じて、若手研究者を巻きこみ、融合研究の提案が生まれる仕掛けづくりも行っています。

岡田:東京都がテーマを掲げてくだされば、それが目標になります。参集する仕掛けがあるのはありがたいことです。文化の醸成という点では、地道な活動の積み重ねが基本だと考えています。加えて、意識的にやったほうがいいのは、面白いことをやっている人を外に発信すること。全員がリーダーになる必要はなく、良質なフォロワーを育てることが文化形成の核だと思っています。一過性で終わらせないためにも、好事例の発信、地道な継続活動の両輪が必要です。
小澤:場づくりという点では、有楽町の「Tokyo Innovation Base(TiB)」注3があります。開設から2年半で来場者数は40万人を突破しました。平日は、ほぼ毎日イベントが開かれ、スタートアップ、大企業、大学、学生など多様なプレイヤーが集い、学生が企画・運営のワークショップや、小学生向けのテクノロジー体験イベントも生まれています。全ての人が起業家になる必要があるとは考えていません。重要なのは、アントレプレナーシップの精神を持って、新しいことに挑戦する人の裾野を広げていくこと。今後は、TiBだけでなく、都内各地のイノベーション拠点との連携をさらに強め、東京全体で世界に誇れるスタートアップエコシステムを築いていきたいと考えています。
後藤:気候変動やエネルギー問題など、一国・一分野では解決できない課題が増えています。AI時代でも、人間にしかできないのは、新しいアイデアを生み出すこと、そして「やってみたい」と思う気持ちです。自分にはいろいろな可能性があるんだ、という感覚を持ちながら、楽しんでその幅を広げていってほしいなと思います。
小澤:不確実性の高い時代だからこそ、テクノロジーとディープテック・スタートアップの可能性はますます大きくなると感じています。挑戦に失敗はつきものですし、むしろ一度も失敗したことのない人の方が珍しいのではないでしょうか。失敗は成功のもと。大きな志を持って挑戦する人たちを、東京都は全力で応援していきます。
岡田:AIが進展するなかで、人間に残されるのは感情の発露だと思っています。周囲に配慮するあまり自我を出さないことが「安心」とされがちな空気もありますが、失敗をチャレンジとして受け止める姿勢は、大人がつくらなければならないものです。若い世代が自分の気持ちを外に出せる環境を、私たちがつくっていきたいと思います。

GXという巨大な社会課題は、単独のプレイヤーで解決できるものではありません。「研究」「投資」「行政」―それぞれが担う役割が交差し、補完し合うことで、はじめてディープテックは社会実装へと踏み出す。本鼎談は、その現実と可能性を具体的に示す場となりました。
「研究を、社会を変える力に」として、Science Tokyoから始まる挑戦は、GXディープテックの社会実装を現実のものとし、未来へと接続していきます。ここでうまれるスタートアップ、また育ちゆくプロセスそのものが、日本発のイノベーションのあり方を示す、ひとつの実装モデルとなっていくのかもしれません。
注1 転倒検知マット等の実証事例は、東京都「ファーストカスタマー事業」等の取組によるもの。詳細:東京都スタートアップ戦略推進本部 取組一覧
注2 SusHi Tech Global公式サイト:https://sushitech-global.metro.tokyo.lg.jp/
注3 Tokyo Innovation Base(TIB)公式サイト:https://tib.metro.tokyo.lg.jp/
(企画 湯原理恵/テキスト・サムネイル URA 小川由美子 /写真 堀川健一郎)